淡路島の自然素材「淡路土」でつくる、昔ながらの土壁。創業100年を超える伝統と、現在も日々積み重ねられる研究により、住宅、店舗を問わず、様々なシーンに溶け込む壁材が生み出される。
2020年には「土のミュージアムSHIDO」をオープン。
※記事中の年数などは取材時のものです。
神戸や大阪からのアクセスがよく、身近なリゾート地、観光地として人気の高い淡路島。一方で独自の文化や地場産業が脈々と受け継がれている地でもあります。
1998年に明石海峡大橋が開通するまでは海上交通しかなく、まさに「島」として半隔離状態だったため、外からの影響をあまり受けずに伝統が育まれたこと。また古事記や日本書紀にも記されている「国生み神話」の最初の地としての誇りが、地元の産業や伝統を大切にする気風に繋がっているともいいます。
建築関係では「淡路瓦」や「土壁」が有名です。これは島内に良質な粘土資源が豊富にあったことに加え、晴天の多い瀬戸内海式気候が土の乾燥に適していたこと、さらに重量物の運搬に海運が利用できる利便性も作用しているそうです。
というわけでロングライフデザインを訪ねる旅、今回は淡路島1日ツアーです。まずは土壁や漆喰を生産・販売している「近畿壁材」さんを訪問しました。
土のミュージアムで芸術性と癒し効果を体感する
明石海峡大橋を渡り、インターを降りて約15分。淡路島の西海岸にある近畿壁材に到着しました。
まず案内されたのは「土のミュージアムSHIDO」。明るいガラス張りの建物の中、様々なテクスチャーの土壁を体感できます。淡路土をベースに、砂や藁など混ぜるものを変え、塗り方・仕上げ方にも趣向を凝らすことで多彩な表情に。壁の一面一面に職人の技と芸術性を感じます。
企画展やイベントも積極的に開催しており、訪問当日は書のアートが展示されていました。自然の墨色、力強さと自由さを感じる書が、野趣あふれる土壁と見事に調和しており、互いの魅力を増幅しているよう。
オカリナやバイオリンなどのミニコンサートも企画・開催しているとのこと。土に抱かれたような空間で聞く音楽はさぞかし癒し効果があることでしょう。
淡路市内にオープンした「土のミュージアムSHIDO」
長い伝統を持つ「土壁」を現代の建築に生かしたい
大正元年(1912年)に土壁の材料を扱う「土屋」として創業した近畿壁材。時代とともに土壁から繊維壁や聚楽壁、漆喰壁など、扱う品目は変遷してきましたが、創業時の土壁にもう一度光を当てようと取り組み始めたのが、4代目である現社長の濵岡淳二さんです。
「土壁は1500年も前から続いている建築材料。この時代にすたれてしまうのは惜しいという思いが強く、何とか残していくためのチャレンジをしようと考えたんです」。
とはいえ、伝統的な土壁のスタイルでは、広がりも限られると考えた濵岡社長。「デザイン性やアート性を提案することにより、従来のような老舗店舗だけではなく、建築家の関わるような洗練された空間にも土壁を生かしてもらえるのではないか」との意図で、このミュージアムを開いたそうです。
壁材の可能性を語る4代目の濵岡社長
建築や展示を通じて土の魅力を余すことなく伝えるミュージアム
土の自然なひび割れを生かした壁、焼成前の土のタイルを貼った壁の、経年変化による表情の違い、土でつくった水鉢から生えた草など、建築家の感性を刺激するような展示があちこちに。
「このプリミティブな素材感が注目され、最近ではホテルやカフェ、レストランなどでの需要も増えてきました」。マットな黒のスイッチや水栓など、インダストリアルなパーツとの相性もよく、硬質だけど温もりのある、奥行きを感じる空間がつくれそうです。
土壁をアップサイクルして次の建築へ
ミュージアムの外には、焼成前の淡路瓦を積み上げ、雨に打たれて徐々に土に還っていく途中の姿を楽しむ「アート作品」が。また、土のレンガでつくった小屋もあり、そのレンガには玉ねぎの皮などの有機物を練り込んであるのだとか。自然に根差した柔軟な発想がそこかしこに見られます。
さらに別棟であるカフェの壁は、解体された古民家の土を練り直して再利用したものだそう。
「建築自体を200年、300年もたせることももちろん大事。でも昨今は50年くらいで役目を終える建物も多い。そんな建物の建築材料を引き取り、次の建物へとアップサイクルする仕組みづくりができないか、ある建築事務所とともに考えているところです。土はそういうことがしやすい材料なんですね」。
建物の使用年数を超えて受け継がれる建築材料の土。ここにも「ロングライフ」の一つの形がありました。
刻一刻と形を変えていく焼成前の瓦の山
敷地内のラボでは細かなニーズに応えるために壁材の調整が行われる
漆喰もオーダーメイドで個性を出す
湿性や消臭性に優れ、自然の風合いも美しい漆喰。住宅の内装材として根強い人気があり、フクダ・ロングライフデザインも壁と天井に標準採用しています。
「もともと漆喰の商社として全国に販売していたのですが、商品を売るだけでなく、オーダーメイドにも取り組みたいと、10年ほど前から構想を練り、3年前に本格的に着手しました。建築士や工務店の要望に応え、イメージや場所、用途などに合わせて、配合物の種類や割合を変えて提案しています」。
見学していたフクダ・ロングライフデザインの設計陣からも、オーダーメイド漆喰に関して細かな質問が入り、しばし具体的なやり取りが。オリジナリティあふれる新しい漆喰の空間に期待が高まります。
表現力と技術力の高さとを物語る、しなやかなカーブ
もっと気軽に、身近に、「土のある暮らし」を
土壁や漆喰壁の仕上げの担い手、左官職人。ピーク時の1985年には約30万人いましたが、2024年には5万人を切り、人手不足は深刻です。しかも60代以上が4割を占めるなど高齢化も進んでいます。
職人の育成についての考えをうかがうと、少し意外なお答えが返ってきました。
「プロを育てるというより、まずは裾野を広げたいと考えているんです。いわゆるDIYですね。自分の家の壁を自分で塗る。傷んだらちょこっと自分で修繕する。腕を上げたら他人の家を塗りに行く。そんな『誰でも気軽に壁を塗る』文化が育てば、プロも育つんではないかと考えています」
もちろん、熟練の職人技は見事で、そのための修業も大切。でも、「卓越した職人にしか塗れない壁」のハードルを上げすぎたことが、塗り壁の業界を狭めてしまったのではないか。その自戒の念からも、子どもでも手で塗れるような壁材の開発や、塗り壁体験など、壁塗りをもっと身近にという活動に力を入れているそう。
「土に触れたり、土壁に包まれるのは、心身を健康にし、ウェルビーイングに繋がると思うんです。土は自然と人を繋ぐ役割を果たすもの。『土とともに暮らす』ということをこれからも追求していきたいですね」。
伝統を尊重しながら、新しい視点を加えて次世代へ繋げていく。そのしなやかさこそ、ロングライフデザインを支える力なのだと思いました。
濵岡社長自作のベンチに座って(左 濵岡社長 / 右 当社社長)
実は自宅の壁は漆喰塗で、漆喰のよさは日々体感している筆者ですが、この度の見学で土壁に魅了されました。個性が強いせいか、濵岡社長は住宅にはあまりお勧めされないようでしたが、たとえば壁の一面だけアクセントウォールとして土壁を塗るのなら、住宅にも十分採用できるのではないか。いやむしろ私は全面土壁の寝室で、土の香りと大地の息吹きに包まれながら眠ってみたいと思いました。