建築は、役目を終えても終わらない。

2026年10月20日更新

三重県伊賀市を訪れ、旧上野市庁舎をリニューアルした「SAKAKURA BASE」を見学してきました。

1964年に竣工したこの建物は、日本のモダニズム建築を代表する建築家・坂倉準三によって設計されたものです。2018年に市庁舎としての役割を終えた後、建物の保存と活用が進められ、現在は図書館、ホテル、カフェなどが集まる複合施設へと生まれ変わっています。

訪れて印象的だったのは、単に古い建物を改修して再利用しているのではなく、建築が持つ本来の魅力を残しながら、そこで過ごす人々の時間そのものをデザインしていることでした。

住宅を設計する立場からも、これからの建築のあり方を考えるうえで、多くのヒントを得られる場所です。

 

 

コンクリートの力強さと、時間を受け止める建築

 

外観を見てまず目を引くのは、打放しコンクリートの力強い表情と、水平に伸びるファサードです。

柱と梁によって構成された整然とした架構、深い陰影をつくる庇や開口部。装飾に頼らず、構造そのものが建築の表情をつくっています。

長い時間を経たコンクリートには、新築時とは異なる風合いが生まれています。しかし、それは古さを隠してしまいたくなるようなものではなく、建築が歩んできた時間を感じさせる魅力にもなっています。

新築住宅では、仕上げ材や色、素材の組み合わせによって建物の印象をつくることが多くあります。一方、この建物から感じるのは、素材を過度に飾らず、構造やプロポーション、光と影によって空間の質を高めるという考え方です。

住宅においても、素材を新しく見せることだけが正解ではありません。木材や左官壁、コンクリートなど、それぞれの素材が持つ特性を理解し、時間の経過によって深まる表情まで設計することが大切だと感じます。

 

 

|伊賀市中央図書館|本を借りる場所から、時間を過ごす場所へ

 

2026年4月1日に開館した伊賀市中央図書館は、旧上野市庁舎の1階と中2階を中心に整備されました。

今回のリニューアルで特に興味深いのは、公共図書館と宿泊施設が同じ建物に併設されるという試みです。図書館としての機能に加え、ホテルやカフェを通じて、建築を訪れる理由そのものが広がっています。

館内に入ると、コンクリートの梁や柱が連続する空間の奥に、本棚や閲覧席が広がっています。

天井の構造を隠すのではなく、そのまま空間の骨格として見せることで、建物が持つスケール感や奥行きが伝わってきます。大きな開口部から差し込む自然光も、コンクリートの重厚な表情と対照的で、空間に柔らかさを与えています。

また、階段や吹き抜け、書架の配置によって視線が奥へと導かれ、単に本を探して借りるだけではない、館内を歩く楽しさも生まれています。

住宅設計に置き換えて考えると、これはとても重要な視点です。

家の中にも、食事をする場所、仕事をする場所、くつろぐ場所など、さまざまな機能があります。しかし、部屋を用途ごとに区切り、必要な設備を整えるだけでは、豊かな住まいになるとは限りません。

窓辺で本を読む。階段の途中から家族の気配を感じる。吹き抜け越しに別の場所の光が見える。

そんな、目的がなくても居たくなる場所や、ふとした瞬間に心地よさを感じる空間があることで、家で過ごす時間は豊かになります。

図書館という公共建築で実現されている「滞在すること自体が目的になる空間」は、住宅設計にも通じる考え方だと思います。

 

 

|ホテル泊船 HAKUSEN|建築に泊まるという体験

 

旧庁舎の2階には、ホテル「泊船 HAKUSEN」が整備されています。

一般的なホテルでは、客室の快適性や機能性が中心となり、建物そのものは背景になりがちです。

しかし、ここでは坂倉準三が設計した建築の中で過ごすこと自体が、宿泊体験の一部になっています。

建築の特徴を生かしながら客室を設け、光の入り方や空間の余白にも配慮する。かつて行政の仕事を支えていた建物が、今度は訪れた人が休み、思い思いの時間を過ごす場所になっています。

この変化を見て感じたのは、建築の価値は、最初に設定された用途だけで決まるものではないということです。

市庁舎としてつくられた建物が、図書館になり、ホテルになり、カフェになっていく。用途が変わっても、建築の骨格や空間の魅力は引き継がれ、新しい使い方と結びついています。

住宅も同じです。

家族構成や暮らし方は、年月とともに変わっていきます。子どもが小さい頃には家族が集まる場所だった空間が、将来は趣味や仕事の場所になるかもしれません。

だからこそ、設計段階から用途を細かく固定しすぎず、暮らしの変化を受け止められる余白を持たせることが大切です。

長く住み続けられる家とは、単に耐久性が高い家ではなく、暮らしの変化に合わせて新しい使い方を受け入れられる家なのかもしれません。

 

 

|CROSS CAFE|建築とまちをつなぐ、日常の居場所

 

館内には「CROSS CAFE(クロスカフェ)」も設けられています。

カフェという場所は、食事や飲み物を楽しむだけでなく、人が立ち止まり、会話を交わし、ひと息つく場所でもあります。

図書館を利用する人、ホテルに滞在する人、観光で訪れた人。それぞれ目的の異なる人たちが、同じ建物の中で時間を過ごすことができます。

このような複合施設の魅力は、異なる用途を一つの建物に集めたことだけではありません。それぞれの用途がゆるやかにつながることで、単独の施設では生まれにくい人の流れや交流が生まれることにあります。

住宅でも、似たような考え方ができます。

キッチンとダイニング、リビングを完全に独立させるのではなく、視線や気配がゆるやかにつながるようにする。仕事をしている人と、くつろいでいる家族が、同じ空間にいなくても互いの存在を感じられるようにする。

一方で、いつも一緒にいることを求めるのではなく、一人で過ごせる場所も確保する。

人と人との距離を適切に保ちながら、必要なときには自然につながれること。それは、居心地のよいカフェにも、心地よい住まいにも共通する要素だと思います。

 

 

|既存建築を生かすことは、未来の暮らしをつくること

 

今回のリニューアルで、もう一つ考えさせられたのは、建物を残すことの意味です。

古い建物を残すには、耐震性や設備、バリアフリー、防災など、さまざまな条件を検討する必要があります。既存の構造や寸法に制約されるため、新築より設計が容易とは限りません。

それでも、既存の建物を生かすことには、新築では簡単に再現できない価値があります。

長い年月を経て形成された街の風景。地域の人々が共有してきた記憶。そして、現在の建築にはないプロポーションや素材の表情。

それらを引き継ぎながら、新しい機能を加えていくことは、過去を保存するだけでなく、未来の暮らしに新たな可能性を与えることでもあります。

住宅においても、既存の住まいをリノベーションする際には、古いものをすべて取り除いて新しくするのではなく、残すべきものと変えるべきものを見極めることが重要です。

既存の梁や柱、庭の樹木、長年使われてきた建具など。その家ならではの要素を生かすことで、新築にはない奥行きのある住まいが生まれることもあります。

もちろん、残すこと自体が目的になってはいけません。安全性や快適性を確保したうえで、その建物がこれからの暮らしにどう役立つのかを考える必要があります。

大切なのは、古いか新しいかではなく、その場所にある価値を見つけ、次の時代へつなぐことです。

 

 

|住宅設計者として考えた、これからの住まいづくり

 

今回のSAKAKURA BASEを訪れて、改めて感じたことがあります。

それは、建築の魅力は、床面積や設備の充実度だけでは測れないということです。

もちろん、断熱性や気密性、耐震性といった基本性能は、住宅に欠かせません。安心して暮らせる性能を確保することは、設計者としての大前提です。

そのうえで、住まいには、数値だけでは表しにくい価値があります。

朝、窓から差し込む光の心地よさ。深い軒の下で庭を眺める時間。家族の気配を感じながら、一人で本を読むひととき。年月を重ねることで味わいを増す素材。

こうした体験は、図面上の部屋数や設備の一覧だけでは伝えきれません。

だからこそ、住宅を設計するときには「何を設けるか」だけでなく、「そこでどんな時間を過ごしてほしいのか」を考えたいと思います。

SAKAKURA BASEは、かつて市民の暮らしを支えていた建物が、今度は本を読み、食事をし、宿泊し、人と出会う場所として新たな役割を担っています。

建築は、完成したときが終わりではありません。使う人が変わり、暮らし方が変わり、時間が積み重なることで、その価値も変化していきます。

住宅もまた、引き渡しの日が完成ではなく、そこから家族の暮らしとともに育っていくものです。

建築をつくるということは、建物そのものをつくるだけでなく、そこで生まれる時間や風景、そして未来の暮らしをつくること。

伊賀の旧上野市庁舎は、そんな建築の本質を改めて考えさせてくれる場所でした。

 

資料請求はこちら